人生を変えたいならあえて「やりたくないこと」をやってみる①

人生を変えたい。

何となくそう思っている人は多いんじゃないでしょうか。

僕自身もそうです。

特に29歳になってもうすぐ30になると思うと特にそう感じます。

 

別に今が不幸なわけではないし、自分が嫌いなわけでもない。

それでも今のままではいけないと思ってしまうわけです。

 

 

人生を変えたいのなら行動を変えないといけません。

そこで普通は、勉強をしたり転職や副業をしたり何か習い事を始めるなどしてアクションを起こそうとします。

それをちゃんと継続できて結果を出せる人は「人生を変えたい」などと悩むことはないでしょう。

 

一歩踏み出せない、継続できない、そもそも本当にそれをやりたいどうかすら怪しい。

多くの人が悩むポイントはここだと思います。

 

根底にあるのは「好きなことで生きていく」という社会の流れです。

 

世の中には「好きなこと」を発信してそれを仕事にしている人がたくさんいます。

もちろん人口の比率でいえば圧倒的に少数でしょうが、「情報発信」という仕事の性質上、ネットにはそういう人で溢れているように見えるわけです。

それを見て、確かにこういう生き方は魅力的だなと思い自分もやろうとしますが、ここで多くの人が直面する問題があります。

 

そもそも好きなことが見つからない。

 

例えば、インスタで華やかな生活を投稿して企業案件で稼いでいる人をみると羨ましいとは思うけれど、そこに至る労力を払ってまでやりたいわけではない。

 

こういうことが多々あってなかなか現状を変えられない人が多いと思います。

 

あえて「やりたくないこと」をやってみる

ここでの問題は「やりたいこと」をベースに考えていることです。

絶対にこれをやりたいという強い思いのない人はなかなか継続するのが難しいはずです。

 

ここで、あえて「やりたくないこと」をやってみるのはどうでしょうか

 

そもそも現状を変えたければ、今までの自分と違う行動を取らないといけません。

違う行動を取るためには違う思考をする必要があります。

普通に生きていれば「やりたいこと」「好きなこと」を選択してきたはずです。

ここであえて「やりたくないこと」を選択するように思考をチェンジするのです。

そうすれば確実に今までの自分では取らないような行動をするはずです。

 

続く

 

情報発信しないなんてもったいない

久しぶりの投稿です。

 

前回の記事を見てみると半年前に工場で働き始めた時の話ですね。

 

あれから6ヶ月。

今は年休を使って2週間の休暇を楽しんでいます。

 

 

こちらのブログはほぼ存在自体忘れていたのですが、いますぐに書きたいことがあって

投稿することにしました。

 

 

今回お話ししたいのは、情報発信の必要性について。

 

 

経緯

最近、ポッドキャストをよく聞いています。

 

目当ては歴史について語っているコテンラジオという番組。

 

正式名称は『歴史を面白く学ぶコテンラジオ』です。

 

 

これがめちゃめちゃ面白くてApple Podcastランキング1位を取っています。

 

 

ここでは様々なテーマの歴史を扱っているのですが、ある程度歴史の全体像を学んだ結果、強烈に思うことがあります。

 

 

それは、今の時代に情報発信をしないのはもったいないということ。

 

情報発信した方がいい理由

 

1.個人の意見が許される時代になった

 

人類の歴史上、現代ほど自由に個人の意見を言える時代はありませんでした。

 

かつては個人が自由な意見を言うなど思いもよらず、そんなことをすれば何らかの社会的な制裁を受けるということもあったわけです。

 

しかし今では、誰もが自由に自分の意見を述べることができます。

 

また、インターネットというコミュニケーションツールの革命によって「伝える」ことが可能になったのです。

 

2.生きた証になる

 

また、アウトプットすることがまさに存在の証明になるということが挙げられます。

 

どういうことかというと誰の目にも止まらなければ、果たして存在していると言えるのかという哲学的な問いです。

 

僕たちは家庭や職場、その他のコミュニティで誰かと関わっています。

その人たちにとっては自分は確かに「存在」している。

 

しかし、それ以外の圧倒的多数の知らない人たちにとって僕たちは存在していないも同然なのです。

 

極端に言えば誰の目にも止まらず、認知されない人は生きていないのと同じことになるのです。

 

「アウトプット」というのは、誰かに認知されることだと思います。

 

仕事をすること。芸術作品を世に出すこと。話すこと。書くこと。人前に出ること。

 

これら全ては、誰かに自分の存在を知ってもらい自分はこういう人間だと伝えるために行うことだと言えます。

 

この中で最も多くの情報を伝えられる媒体がテキストです。

 

3.自分の思考を整理できる

「アウトプット」が他人に認知されることだとすれば、「インプット」は自分が認知することだと言えます。

 

今は情報発信全盛の時代ですので普通に生きているだけでたくさんの情報に晒されます。

 

自分から探しに行った情報もあれば、向こうから勝手にやってきた情報もあるでしょう。

 

これらのうち記憶に残っているものが自分を形成しているわけですが、このままではただ混沌としたものがあるだけです。

 

ここからアウトプットするためには言語化しなければなりません。

この言語化という過程で、自分にとって大事なものを抽出する作業が必要になります。

 

何が大事で何がそうでないかを決めるのが価値観です。

 

現代社会はこの価値観が多様です。

 

ここで多くの人が直面するのが、自分の価値観が分からないということではないでしょうか。

 

この価値観を探ることは、つまり自分がどういう人間かを改めて見つめ直すきっかけになります。

 

言語化することは、自分自身を知ることにもつながるのです。

 

 

工場勤務日記 #1

最近新しい仕事を始めました。

 

自動車工場での組立工です🏭

 

同時に派遣会社の寮に入ることになり、念願の脱実家が叶いました!

 

貯金のない僕が実家を出るために始めた仕事です^ ^

 

 

とはいえ!

 

正直どれくらい続けられるか分かりませんw

 

しんどいことは承知で来ましたが、実際に現場入りしたらすぐに辞めるか辞めさせられるかしそうです。

 

今日は同期入社した約10人の仲間と2日間の受け入れ研修を終えたところです。

 

安全や社内ルールなどの座学はまぁ普通だと思うんですがそれ以外の研修が強烈でしたね。

 

例えば、工場内には指差呼称というルールがあります。

 

道を横断する時には一旦停止し、「右ヨシ!左ヨシ!前方ヨシ!」と指を差して進むというものです。

 

現場では普通にやればいいんですが研修の時はそうは行かない。

 

指を差す動作や声を出すタイミングがきっちり決まっている。

「こんなやつおらんやろw」というくらいに大声でやる。

 

「こんなことして意味あんの?」とか思っちゃダメですw

 

工場は個性やオリジナリティを出す場ではありません。

 

言われたことを言われた通りにやるのが工場の仕事ですからね。

 

 

そして、これを指導するオッサン(みんなそう呼ぶw)がとんでもなく癖の強い人で、なんというか、あらゆる昭和を詰め込んでごった煮にしたような人でしたw

 

とにかく怒号が飛ぶw

 

大人になってこんなに怒鳴られることある?というくらいに怒鳴られます^ ^

 

まあ、普通にパワハラだと思いますw

 

でも研修の時だけの通過儀礼のようなものなので仕方ないですね。

 

そのオッサンも別に本気で怒っているという訳ではなく、普段は気のいいおっちゃんなんだろうなって感じがしたのでそれほど嫌な気持ちにはならなかったです。

 

良くも悪くも、これが昭和の文化なんでしょうw

 

 

この2日間は同期の仲間達がいたので学校みたいで楽しかったですね。

 

みんな寮にいるので一緒に買いものに行ったり。

 

でも来週からはそれぞれの現場に配属になるのでそれほど会えないと思います。

 

まだ現場入りもしていないのに先が思いやられますが、できるとこまでやってみようと思います。

 

あ〜やる気ね〜

 

 

ではでは。

 

 

目の前のことに集中する

現代はとても忙しくなっています。

 

それは多種多様なコンテンツ、サービスが溢れているからです。

 

かつては退勤して家に帰ればテレビを観るか本を読むぐらいしか選択肢がなかったのが

今ではスマホの中に数えきれないほどの映画やゲームやSNSがあります。

 

私たち現代人はそれらの膨大なコンテンツを前にして途方に暮れているのではないでしょうか。

 

例えば今、2時間の空きができたとしましょう。

 

「さあ!なんでも好きなことをしていいよ!YouTube、映画、音楽にゲーム。選り取り見取りだよ!」

 

こうなってしまうと途端に何をすればいいか分からなくなってしまうものです。

 

これは選択肢が増えるほど人は不幸を感じやすくなるという「選択のパラドックス」です。

 

そして、何かひとつを選んで、例えば映画を一本観るとしても私たちは注意散漫になりがちです。

 

絶えず届くスマホの通知に気を取られ、迷った末に選ばなかった方の映画が気になります。

 

これではせっかく観た映画も何も残りません。

 

現代では何かに没頭することがとても難しくなっているのです。

 

 

 

私たちが集中できない原因はふたつあり、いと誘惑です。

 

迷いとは選べないことと、選ばなかった方の選択肢が気になることです。

 

誘惑とはスマホの通知が最たるものでしょう。

他にも意味もなくSNSを開いてしまうことなどです。

 

目の前のことに集中するにはこれらを克服する必要があるのです。

 

 

数多くの選択肢からひとつを選び出すには、自分の中の明確な軸が必要です。

 

自分が好きなこと、取り組みたいこと、趣味志向が明確であるほど迷いが減ります。

 

こうして何かひとつを選び出したなら、誘惑に負けることなく集中しなければなりません。

 

できればスマホの通知は切っておきましょう。

 

  

 

私たちの目の前には膨大な選択肢がありますが時間は有限ですのでその全てを得ることはできません。

 

そこから何かを得るためには目の前のことに集中する必要があるのです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

初投稿

眠れない夜。。

 

悶々とした気持ちでスマホを握りしめる。

SNSYouTubeで他人の人生を眺め、このままでいいのかと自分に問いかける。

 

 

否。

 

今のままじゃダメだ。

自分を変えたい。

人生を変えたい。

 

 

まだ何も成し遂げていないし大きなチャレンジもしていない。

傷付くのが怖くて、今の環境が気楽で、何も挑戦出来ていない。

 

もっと勉強してから、もっと練習してから、何か実績を作ってから。

常に準備期間に甘んじ、挑戦を先延ばしにしてきた。

 

 

今年29歳。

 

こんなので20代終わるつもりか?

俺の人生こんなもんか?

 

 

もうカッコつけるのはやめにしよう。

 

何にもない自分、ダサい自分をさらけ出して行く。

 

そんな気持ちで、半ば衝動的にブログを開設した。